無智亦無得 以無所得故 
むちやくむとく  いむしょとくこ
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
ぼだいさつた  えはんにゃはらみたこ
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 
しんむけげ   むけげこ    むうくふ      
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
おんりいっさいてんどうむそう くぎょうねはん
【訳】
習得すべき智慧もなく、得るべきものも何もないので、観自在菩薩は般若波羅蜜多の効果により
全ての迷い、不安、悩み、煩悩を退け、全てか完全に準備された世界を得られたのです。
潜在意識、阿頼耶識の活用は自由があってこそ!
般若心経の真髄は自由に伸び伸び!


潜在意識、阿頼耶識、最近だと引き寄せ等の精神世界の世界でもよく起こることですが。
人は色んな知識を蓄えるほどに、「こうでなければならない」「私が伝える教え以外はダメなものだ」と錯覚してしまいます。
例えば、いつもの復縁の願いであれば、「私に酷いことを言った、元カレと謝罪させて復縁したい」といったように、本来必要のない要素が願いについてきたり「デモデモダッテ」思考になってしまったり
自分の方法に自信が持てなくなり「私がやっている方法や思想を周囲に納得させて(強引に押し付けて)、私の願いが叶うという安心感を得たい」といったように、目的と手段が違う方向に向かったりします。
潜在意識、阿頼耶識の法則に限らず、仏様が涅槃や浄土(全てが満たされ願いが叶っている世界)は、本来どこよりも自由で伸び伸びできる場所であり、思考の束縛がない世界です。
誰かに評価されるとか、誰かを縛りたいとか、叶わないという不安から離れ、「叶えたら大好きな人と、どんな生活をしようかな?」という自由な想像を羽ばたかせて、願望達成者であられる皆さんには、今の柵(しがらみ)と離れ、叶った世界を満喫して頂けたらと願っております。
結果までの過程をあれこれ考えてしまうと、「ああでなければ」「こうでなければ」と、人間の自力の部分で達成までのレールを敷いてしまい、そのレールから脱線するようなことがあると、激しく落ち込んだり、自罰的になったり、または他罰的になったりしてしまうので、ことの善し悪しは関係なく、とても疲れてしまうんですよね。
なので、潜在意識、阿頼耶識、神仏などに願望達成の過程と結果は任せ、日常生活を自分らしく楽しんで頂ければ嬉しいです。
過程を気にしないだけで、日々の自由度が格段にあがりますよ!
さて、般若心経の解説に戻り「無罣礙」について。
「罣礙」とは、心が囚われていて、自由ではないことを指します。
「無罣礙」は、こだわりに囚われず、心身が束縛から開放されて自由な状態を指します。
例えば上で書かせて頂いた、「彼と復縁したいけど、彼とライバルに謝罪もさせたい」といった、束縛されている状態って損ですよね。
「デモデモダッテ」思考だと、不安や叶わない要素も含めて、潜在意識、阿頼耶識が最善の過程で解決してくれるので、肝心の自分自身が不安に苛まれたら、とても勿体無いです。(・∀・;)
観「自在」菩薩はその名通り、過程に囚われず、全てを満たされていると感じ取り、心が自由であったので
荒れる河の対岸にある、浄土に到達なされたんですね。
以前、潜在意識、阿頼耶識を活用する人は、道が左右に分岐するのを見ても迷いませんと書かせて頂いたことがあります。
完成された形で成功が準備されているので、右に行っても左に行っても、願望達成するのは決まっているので、あれこれ考えこまないんです。(・∀・;)
私たちが願いを叶えるため、荒れた河を渡るとしても、私たち自身に、潜在意識、阿頼耶識、神仏がついているので
新しい船でも、古い船でも、穴が空いた船でも、どの船を選んでも、対岸の叶った世界に渡ることが約束されているんです。(・∀・)
船に関する知識なども、全く必要がないんですよね。
なので、慣れるまでは瞑想や書く方法を実践している間だけでも、現状からの束縛とは離れ、自由に最善を楽しんでくださいね。
「叶ったら、どんな生活をしているか?」というイメージを創り上げるのが、コツなので
復縁を目指す方であれば、復縁した瞬間ではなく、復縁した後に好きな人と幸せな生活をしているとか
結婚して、例えば二人で料理をしているとか、散歩をしているとか、叶った時間の少し先をイメージして頂けたら幸いです。
そうすることで、一番大切な「復縁をする瞬間」も、無理なく達成されますよ!
いよいよ終盤に差し掛かりました。