イスラム教、キリスト教、仏教、どんな教えにも幸せになる秘訣が溢れています!潜在意識、阿頼耶識の心と同じですね!
さて今回は、私たちの生活にあまり馴染みがない【イスラム教】の教えから、潜在意識、阿頼耶識の法則を読み解こうといったエントリーです。
イスラム教というと、神秘的な建物、私たちの日常とは違う文化、エキゾチックな美男美女の世界というイメージがありますが
私たちが日常生活で、イスラム教の教義に触れる機会は、なかなかありませんよね。
本日は、皆さんと一緒にイスラム教の世界を旅することで、「世界中に、潜在意識、阿頼耶識の法則のように幸せになれる教えがあるんだ!」という安心感に浸れましたら幸いです。m(_ _)m
まず、「イスラム教とは何か?」という話から、とても簡単に書かせていただきます。
イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の姉妹宗教で、アブラハムの伝統を受け継ぐ三宗教と言われます。
イスラム教の聖典は、クルアーン(コーラン)、ハディース、啓典とされています。
その教えの中に、復縁、恋愛、結婚、社会的成功の秘訣が詰め込まれておりますので、早速イスラムの世界に飛び込んでみましょう!
イスラム教というと、礼拝する人々が、頭を地面につける姿を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?
日本には、心からお詫びを乞う、土下座がありますが、海外では、まず問題を解決して握手で挨拶して終わりという文化圏が多いので、私たちが想像する以上に、イスラムの礼拝は他文化圏の人々には衝撃的な光景らしいです。
お金持ちでも貧しい人でも等しく、頭を地面につけて礼拝します。
これは、神(アッラー)に対する「絶対帰依」を意味しているんです。(・∀・)
心、体、思い、考え、全てを神に委ねて感謝する。
頭を伏せているので、周りは見えません。
周りの景色は一切見えずに、ただただ神に帰依する安心感だけがある時間が、イスラム教の礼拝なんですよね。(・∀・)
私たちは、復縁、恋愛、結婚、成功、色んな願いを叶えようと、潜在意識、阿頼耶識を活用していても
日常生活の景色を見てしまえば、「デモデモダッテ」と、叶う世界すら放棄してしまいます。
酷いケースですと、「私の願いは難易度が高い」とすら思ってしまいます。
叶えたい願いを決めるのは私たちですが、その願いを叶えるのは親心である、神や仏、潜在意識、阿頼耶識なんですよね。
私たちの願いは、「私たちが叶える」のではなく、他力である、神様や仏様潜在意識、阿頼耶識に叶えてもらうんです。
自分で叶えるわけではないんですよね。(・∀・;)
恐らくですが、潜在意識、阿頼耶識を活用しつつも、「自分で叶える」という考えが「私が、私は」という、自分語り思考になり、願望達成に関する不安感や悩みを作り出すことも多いのではないかと拝察します。
人の力って儚いですよね。
人の身として生まれた以上は、自力では不可能なことばかりです。
なので、全てを委ねる知恵である、イスラム教の絶対帰依に、願望達成や幸せでしたり、最善の過程を歩み、現実的な効果を得る「知恵」が見えてきます。
復縁、恋愛、結婚、成功などの願望に対して、「今は◯△□だから」とか、「どうすればいいのか」なんて、考えていませんか?(・∀・;)
そういった「難しいと思える思考」は、神仏や、潜在意識、阿頼耶識に任せきれないから、安心感を感じられないことに原因があるのかもしれません。
潜在意識、阿頼耶識に任せないと、日常生活で起きる出来事に一喜一憂してしまい、他力ではなく、自力や行動に気持ちがブレてしまうんですよね。(・∀・;)
ここで登場する「安心感」が、イスラム教の教義でも一大テーマとして取り上げられているんです。
イスラムはローマ字で書くと、Islāmとなるのですが、アラビア語は何でも、子音が主体となっています。
セム諸語の特徴らしく、母音は小学校の教科書までしか記載されず、三種類の「あ」「い」「う」だけなんです。
そこでアラビア語に従い、イスラム(Islām)から母音を取ると、S-L-Mが残るのですが
この「S-L-M」には、「安全ですよ」とか「安心感」といった意味があるんです。
S-L-Mはサラームという読み方も出来るのですが、サラームは「平和である」や「心穏やか」であるといった意味があります。
そして、母音を足した、イスラム(Islām)には、「心と体を委ねて、安心感に包まれる」といった意味になるんです。(・∀・)
イスラム教徒を意味する「ムスリム」は、「帰依して、委ねて、安心感を得ている人」という意味なんですよ。(・∀・)
皆さんは、復縁、恋愛、結婚を、潜在意識、阿頼耶識に委ねて安心感を得られてますか?
「デモデモダッテ」とお感じの時は、神や仏、潜在意識、阿頼耶識に全て任せきれていないからかもしれません。
「どうすれば委ねて任せることが出来るの?」という疑問には、イスラム教徒の皆さん(ムスリムの皆さん)の礼拝がヒントになります。
礼拝時に周りの景色は一切視界に入れず、ただただ神様とだけ向き合われますよね。
それでも、恋のライバルや、問題の原因である特定の人のことが、頭から離れないことってありますよね。
そんな時こそ、包まれ瞑想の登場です。
神様、仏様、潜在意識、阿頼耶識の「皆さんを守りますよ、願いを叶えますよ」といった気持ちに、大切な人と二人で包まれてみましょう。
そして恋のライバルや、問題の原因になっている人は、別の神様や仏様が包まれて…
皆さんと大切な人は、神様や仏様に二人だけで包まれて「結婚されて幸せになった」
ライバルは「別の神様、仏様に包まれて、結果的に幸せになった」
このように、幸せな結果と世界を先取り(叶えられたことを思い出す)していただければ幸いです。
「一神教の神様のことを書いて、別の神様?」と疑問を持たれた方もいらっしゃいますよね。
一神教の神様は、複数形で表現されることも多いんです。
「神は一つであり、また全てである」
これは仏様も同じなのですが、一神教の神様も、時間や距離を超えて、全ての存在にその御力を届けられるんですよね。
「全ての人」というより、この世界に存在する原子の一つ一つまで、その御心が届いているんですよね。(・∀・)
なので、今回取り上げさせて頂いている、神様(アッラー)を、「お一人」と表現してしまうと、言葉の枠があまりにも狭すぎるので、唯一でありながら、複数の存在であり、全てと表現されるんです。
神様に委ねることで、「安心感」に包まれることが出来ます。
神様の力は、人の自力では遠く及ばないんです。
数字で書くなら、神様は「∞(無限)」であり、人は1人、2人、3人なんですよね。
もし、皆さんの願望達成を妨げる意地悪な人が、10人いたとします。
自力の視点では、1対10の戦いになるんですよね。(・∀・;)
でも、神様に委ね、その御心を知り、安心感に包まれれば、∞対10の戦いになるんです。
敢えて「戦い」と書きましたが、そこには一方的な願望達成しか存在しないので、もう戦いですらないんですよね。(・∀・)
周囲の景色から離れて、神様の存在を感じて、委ねて、任せて、安心感に包まれる。
これだけで、私たちは全ての問題や不安から守られるんですよね。(・∀・)
悩んだ時は、まず神様に帰依して委ねてみる(包まれる)生き方の素晴らしさと効果を、イスラム教の人々は伝えられてるのだと拝察する次第です。
復縁、恋愛、結婚の願いを叶えられたい皆様は、イスラム教の教義をどのように受け取られましたか?
文化や住む地域が違えば、分からないことだらけなのですが、一歩踏み込んでみると、私たちが願望を叶えて幸せになるための「知恵」が伝統文化として根付いているんですよね。(・∀・)
まだ、今回はイスラム教と、潜在意識、阿頼耶識についての入門編だったのですが、まだまだたくさんご紹介したいことがありますので、どうぞお楽しみにです!
本日のまとめです。(・∀・)
・イスラムは、全てから守られて、平和と安心感を得ているという意味です。
・安心感は、潜在意識、阿頼耶識を活用して願いを叶える上でも、重要なキーワードです。
・ムスリムの皆さんは、周りの景色を見ずに、神様に礼拝する絶対帰依の中で、神様に守られる世界を実感されています。
(額を床につけてアッラーに帰依する礼拝を「サジュダ」と言います)
・私たちに馴染みが深い、仏教を含む古今東西のあらゆる思想の中で、「帰依」と「委ねる」は最高の祈りとして活用されています。
・恋愛、復縁、結婚、収入を得るなどの願望も、神様と自分だけの世界で、神様に委ねることが出来れば、その願いは神様が祝福されます。
・神様や仏様に祝福された世界は、神仏以外に誰も変えることが出来ません。
・遠い存在に感じてしまうイスラム教にも、私たちに身近な「現世利益」の叡智が詰め込まれているので、またご紹介しますね!
二時間目は、のコーナーとなります。
何卒よろしくお願い致します!
復縁、恋愛など全ての願いが叶う、潜在意識、阿頼耶識を活用する瞑想法を紹介しております。メディア掲載歴【週刊SPA!】様 アイコン画像、チェ・ゲバラは 奥原純一 先生のご作品です。