潜在意識、阿頼耶識の真髄を、釈尊のお言葉から体感しましょう!

潜在意識、阿頼耶識の仏縁があって、全ての人と出会う
潜在意識、阿頼耶識の仏縁があって、好きな人、街ですれ違う人、全ての人と出会っています。
皆さん、いつもありがとうございます。
今回は久しぶりの仏教エントリーということで、法華経を紐解きながら、輪廻と大好きな人との、恋愛、復縁、結婚や、全ての願望達成について、皆さんと考えていければ幸いです。
やはり、どうしても難しいと感じてしまう、仏教の経典ですが、私達が日常生活で活用できるように書かせていただきますので、本日も何卒よろしくお願いいたします。

(1)釈尊は、潜在意識、阿頼耶識で繋がるご縁を説いていた。

法華経の序品(じょほん)は、釈尊が瞑想を実践されている場面から始まります。
そして、釈尊の言葉を拝聴しようと、8万人の菩薩(悟りや絶対幸福を求める人)が、現地に殺到したと法華経には記録として残されています。
その殆どの菩薩である人が「私は悟った」と自覚していたそうです。
「悟り(絶対幸福)」というものは、本当に難しいもので、一朝一夕で身につくものではありません。
21世紀の現在も、似たような光景を見かけるのですが、悟りが如来や神の世界を知ることだとすれば、自力の視点でしか生きることが出来ない我々が、一生涯をかけても「これが悟りのゴールだ、ここで終わりだ」という境地には絶対たどり着けないものなんです。
悟りを願望達成に置き換えれば、例えば、恋愛、復縁、結婚を達成した瞬間はゴールではなく、スタート地点にすぎないんですよね。(・∀・;)
それから先の何十年と続く、結婚生活などを営んで、今生から離れるときに「幸せだったな」と思えて、初めて悟りの片鱗を少しだけ垣間見ることが出来るのかもしれません。
釈尊も、そのことを集まった8万人の菩薩に告げます。
「あなた達は悟っていると思い込んでいる(絶対幸福を手にしたと勘違いしている)だけです」

(2)潜在意識、神仏の偉大さを理解できなかった5000人の菩薩

するとやはり、「俺は悟った偉大な菩薩だ!釈尊はデタラメを言ってる!」と激怒する人が何人も現れます。
そして、集まった菩薩の中から5000人が、その場を去っていったそうです。
釈尊は語ります。
「彼らは悟ったと自惚れていた、達成していないものを達成したと思い、得ていないものを得ていたと思っていた」
「だから、私の言葉に自尊心を傷つけられて、彼らは去っていったのです」
そして、それでも残った人たちの中の、1500人は、釈尊が遠い過去で出会った絆が深い人達であり、その縁があり「今こうして再会している」と告げられます。
すると突然、聴衆が騒ぎ始めます。
その場にとても大きな虎が出現したんです。
しかし釈尊は静かに語ります。
「その虎すらも私の話を聞きにやってきたのだ」
この話は以前も書かせていただいたのですが、釈尊の話を聞きに来た人と、そして虎も、遠い過去からの縁があって、その場に集まったんですね。(・∀・)
さて、ここまで書かせていただいて「この話が、潜在意識、阿頼耶識で、恋愛、復縁、結婚を達成する話と何の関係があるの?」という疑問が湧いてきますよね。
一見関係がないような、法華経に書かれた釈尊のエピソードですが、潜在意識、阿頼耶識で恋愛系の願望を達成されたい方々にとって、とても重要な話なんです。
それでは、早速、潜在意識、阿頼耶識の話に移りましょう!(・∀・)

(3)潜在意識、阿頼耶識と長い長いご縁の話

釈尊の瞑想の場に8万の人が集まったと法華経には書かれているのですが、この話は何も釈尊だけに限られた話ではないんです。
法華経に登場される釈尊は、「出会いたい人に出会うために、瞑想を実践されていた」ことが理解できます。
そして8万もの人々が集まり、釈尊の言葉を求めます。
これは、皆さんが、潜在意識、阿頼耶識を活用して、会いたい人に会い、その関係を深めるということの例えとして受け止めていただけましたら幸いです。
なので、法華経では瞑想などを含んだ「方便」が、願望達成のために最重要視されるんです。
去っていった5000人については、瞑想を実践して仏(潜在意識、阿頼耶識)に帰依すれば、驕り高ぶり、お腹の中に黒いものを抱えている悪意ある人ですら、決して皆さんの幸せを崩すことは出来ないという、仏(潜在意識、阿頼耶識)の守護力を指し示しすエピソードなんです。
残った大勢の人と、その中の1500人、そして虎は、仏縁で結ばれて、何度もの輪廻の中で出会い続ける存在なんです。
何やら、法華経の中の釈尊と、皆さんが重なってきましたよね!
というわけで、エントリーは中編に続きます!
引き続きよろしくお願いします!