潜在意識、阿頼耶識、神仏の力、言葉は違えど全てはゴールに導いてくれる、大きな大きな力!
さあ、今日も潜在意識と共に願望達成を目指そう!(・∀・)
潜在意識、阿頼耶識は「助けてくれる」頼もしいお巡りさん?
お巡りさんに私たちの平和な生活が「守られる」ように、潜在意識、阿頼耶識に「叶えられる」なんです!
今回は、「任せる」をテーマに、もっと、潜在意識、阿頼耶識の力に委ねる提案となります。(・∀・)
本日も何卒よろしくお願いいたします!
潜在意識、阿頼耶識を活用して願望を達成するために、皆さん色んな達成法を実践なされているかと拝察します。
すると、どうしても「疲れ」を感じてしまいますよね。(・∀・;)
その「疲れ」はいったい、どうして感じてしまうのでしょうか?
一つは、潜在意識、阿頼耶識を活用して、「自分で叶える」という意識が疲れを生むのかなと考えられます。
潜在意識、阿頼耶識を活用して願いを叶えるのは「自分」という考えは、ある意味正しいのですが、ある違うのかもしれません。
お馴染みの仏教(大乗)の中で「自分」という存在を眺めてみると、私たちは仏様に「生かされている」とされます。
ただ「仏様」と書くと漠然としているのですが、全ての人、目に見える全ての存在に仏様が宿っており、皆さんの中の仏様、周りの人達の仏様、様々な存在に宿る仏様、その全ての仏様が支え合うことで、私たちは「生かされている」とされているんです。(・∀・)
キリスト教などでも、「人は神様に生かされている」とされています。
もちろん、天に旅立ったとしても、それからも仏様や神様に生かされ続ける。
そのような関係が、神仏と人の間にあるんですよね。(・∀・)
この世界の、原子や素粒子、分子の一つ一つに「仏様そのもの」や「仏様の思い」が宿っているとお伝えできれば嬉しいです。
私たちや世界を構成する一つ一つの物質に、仏様であったり神様が宿られているんですよね。
本当にありがたい限りです。(・∀・)
さて、私たちは「生かされている」のですが、潜在意識、阿頼耶識の「阿頼耶識」は、阿弥陀如来そのものだと言われています。
この「生かされている」は人生の全てを指すのですが、「願望達成」も人生の中にあるので「生かされている」に含まれているんですよね。
そこで今まで見えてこなかった、潜在意識、阿頼耶識の法則の姿や、願望達成像が見えてきます。(・∀・)
願望は「自分で叶える」ものではなく、潜在意識、阿頼耶識、そして神仏に「叶えられる(叶えてくれる)」という世界があるんですよね。
先日の、といった、先日のエントリーにも書かせていただいたのですが、「自力」から離れた、神仏、潜在意識、阿頼耶識の力である「他力」が、恋愛、復縁、結婚、成功などの願望を達成してくれるんですよね。
自力ではなく「他力」
なので、願望は「叶える」ものではなく、「叶えられるもの」と定義することが正しいのかもしれません。
皆さんは、潜在意識、阿頼耶識を活用される中で、色んな迷いや悩みを抱えられていると思います。
ただ、その迷いや悩みは、「自力」で解決しようとか、達成しようという意識があるが故に湧いてくるんですよね。
「どうしたらいいですか?」
「八方塞がりです」
「こうしても大丈夫ですか?」
このような思考は、全て自力なんですよね。(・∀・;)
「どうする」は、私たちではなく、潜在意識、阿頼耶識に任せるもので、自分でどうにかするものではないんですよね。
「八方塞がり」も、私たちが考えて(自力)何とかする話ではなく、委ねることで、神仏や、潜在意識、阿頼耶識が何とかするものなんです。(・∀・)
「大丈夫か?」と聞かれれば、結論は「大丈夫」なのですが、神仏や、潜在意識、阿頼耶識に全て達成・解決してもらうことが前提で、願いが叶えられた世界のイメージを楽しむ私たちが、心配することではないんですよね。(・∀・;)
私たちに出来ることは、「どうする?」「どうありたい?」ということを決めて、瞑想などで、潜在意識、阿頼耶識に願いが叶えられた世界のイメージを受け渡すだけなんです。(・∀・)
「自分で叶える」と考えてしまうから、願望達成までの過程が視界に入れば気になります。
「神仏(潜在意識)が叶える」と考えれば、良い意味で達成までの過程は、神仏が取り仕切る聖域なので、何が起きても私たちには関係ないというか、「関係できない」という意識が芽生えるんですよね。
潜在意識、阿頼耶識」に叶えられる」から「関係できない」と前提して、願望達成の過程を眺めてみると、とても楽になれます。
何が起きても、それは、潜在意識、阿頼耶識が行っていることなので、私たちは瞑想などで先取り観測で、「願望が達成された世界だけと向き合おう」という気持ちになれます。
この世界の、原子や分子、そして素粒子の一つ一つに、仏様、神様、潜在意識、阿頼耶識が宿っています。
なので、私たちの視界に入らない場所でも、願望達成に向けて様々な作用(ご沙汰)があります。
もし視界で確認できれば、その沙汰は願望達成と何の関係も無いように見えてしまうかもしれません。
しかし、その何の関係も無いような沙汰が集まって、結果的に願望達成を迎えることが出来るんですよね。(・∀・)
視界に入る範囲=自力→自分で何とかするという意識が芽生える(自分で叶える)
視界に入る範囲と視界に入らない世界=他力→どうにもならないのでお任せする(他力に叶えられる)
このような感じですね!(・∀・)
「あんなことが起きた」とか「こんな状態だから」と悲観してしまうのは、どこかで自力で解決しようと思うからかもしれません。
一切を他力(潜在意識、阿頼耶識)に委ねて任せてしまえば、今が絶望的に見えても、八方塞がりだと感じても、そこからどうするかは、潜在意識、阿頼耶識の仕事なので、良い意味で「私には関係ない」となれます。
恋のライバルが、大切な人に猛アタックしても、生涯の関係を誓い合うだろうという噂話を聞いても、皆さんにとっては「関係ない話」になれるんですよね。
そういった、ライバルの猛アタックや、噂話さえ願望達成の過程であり、潜在意識、阿頼耶識の仕事だと認識できるんです。(・∀・)
願望と向き合うときは、今までの「自分で叶える」から、潜在意識、阿頼耶識、神仏が「叶えてくれる」に意識を変えるだけで、心がぐっと楽になり、その結果として、願望達成の速度も最善なものになりますよ!(・∀・)
「叶えられる」で、最善の願望達成を迎えましょうね!
本日のまとめです!
・私たちは「生きている」ではなく、親心に「生かされている存在」です。
・原子や分子、全ての物質の一つ一つに神仏(潜在意識)が宿っています。
・全ての存在に神仏(潜在意識)が宿っているので、誰もが「おかげ様」の関係に生かされていると気付けます。
・願望達成も「おかげ様」の関係の中で起きるので、自分で「叶える」のではなく「叶えられる」が正しい表現になります。
・大切な人が恋のライバルに猛アタックされたとしても、そのことも願望達成までの過程です。
・リンクです。
このような意識で、瞑想名や日々の生活を楽しまれてくださいね!
二時間目は、のコーナーとなります!
こちらも併せてよろしくお願いいたします!(・∀・)