潜在意識、阿頼耶識、神仏の力、言葉は違えど全てゴールに導いてくれる、大きな大きな力!
さあ、今日も潜在意識と共に願望達成を目指そう!(・∀・)
潜在意識、阿頼耶識の木の下で結ばれる、アダムとイヴが皆さんです。
潜在意識、阿頼耶識(エデンの園)に植えられた知識の木の下で再会される、皆さんと大切な人は、21世紀のアダムとイヴなんですよ。
今回は、潜在意識、阿頼耶識の視点で読み解く「聖書シリーズ」です!
特に、恋愛、復縁、結婚の願望を達成されようと頑張られている皆様に、ご覧いただけましたら幸いです。
「聖書と願望達成に関連性があるの?」と疑問を持たれる方々もいらっしゃるかなと拝察するのですが、そのような方にこそ、聖書の智慧に触れていただくことで、スッキリした気持ちで、潜在意識、阿頼耶識のご活用をと考えております!
それでは、本日もよろしくお願いします!
早速なのですが、皆さんは聖書(創世記 2〜3章)に書かれている「失楽園」のエピソードをご存知でしょうか?
「あ、蛇に騙されて智慧の実を食べた、アダムとイヴが、楽園を追放された話だ!」
このようなイメージをお持ちではないでしょうか?
大正解です!(・∀・)
「なんだよ、ここで話が終わるのかよ!」と、お叱りを受けそうなのですが。。(・∀・;)
実はこの「失楽園」の話を紐解いていくと、潜在意識、阿頼耶識を活用して、願望を達成するエッセンスが詰め込まれたエピソードであることが見えてきます。
エデンの園という楽園に、最初の人類であるアダムとイヴがいました。
厳密にはアダムにはイヴと結婚する前にリリスという女性と結婚歴があるのですが、彼女(リリス)はヘブライ神族なので、「人」にはカウントされないそうです。
その二人が住んでいるエデンの園に、「美味しい実がなる沢山の木」と「生命の木」そして「善悪の知識の木」という木が植えられていました。
そして神様は、アダムとイヴに「どの木の実を食べても良いが、善悪の知識の木だけは決して食べてはならない」と伝えます。
神様「善悪の知識の木の実を食べれば、あなた達は生命を失うことになる」
このように厳しく伝えられたんです。(・∀・;)
しかし、皆さん御存知の通り、アダムとイヴは蛇に騙されて、禁じられた知識の木の実を食べてしまいます。
木の実を食べた瞬間の二人について、聖書には、このように書かれています。
「二人の目が開き、お互いに裸だと悟ったので、いちじくの葉を縫い合わせ、服にした」
そしてアダムとイヴには、ある疑問が浮かびます。(・∀・;)
「知識の実を食べたけど、今も生きている?神様は、私たちに嘘を言ったの?」
ここで、まず注目したいのは「二人の目が開き」という一節です。
神の言葉ではなく、外の世界を見て、善悪の判断(善悪の知識の実を食べたので)を始めるようになったんです。
一般的にアダムとイヴが楽園を追放された理由は、「神様の言いつけを破って木の実を盗んだから」とか「蛇の言葉に従ったから」と言われているのですが、そういった理由で楽園を去ることになったのではないんですよね。
聖書では、繰り返して「神様の慈愛に心身を委ねること」の重要性が説かれているのですが、アダムとイヴは、外の景色を見て、自分たちでことの善悪を判断して、神様の言葉さえ疑うようになってしまったのが、楽園から去る直接的な原因なんです。(・∀・;)
これは、大乗仏教でも親鸞上人が「全てを仏様に委ねること、過程や善悪や仏のご沙汰を詮索してはならない」と、自然法爾について残されたお言葉と、全く同じなんですよね。(・∀・)
潜在意識、阿頼耶識を活用なされる皆様も、あることに気づかれたかもしれません。
願望達成のゴールまでには、様々な過程があり、一見悲しい出来事に見えても、それも達成への最善な道のりなので、外の世界の景色に惑わされずに、達成された世界をイメージして、潜在意識、阿頼耶識(神仏)に委ねることが、達成の原則なんですよね。(・∀・)
アダムとイヴが楽園を去った際のエピソードにピッタリ重なり合うんです。(・∀・)
仏教では、阿頼耶識(潜在意識)から人や全ての事象が生まれるとされています。
もちろん、恋愛、復縁、結婚などの達成も、この阿頼耶識(阿頼耶識)から生まれます。
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教で大切にされている、旧約聖書(創世記)に登場する「エデンの園」も、潜在意識、阿頼耶識と、そっくりなんですよね。
どちらも、人が生まれた楽園であり、全てが満たされている理想郷なんです。(・∀・)
そして、神仏(潜在意識、阿頼耶識)に委ねて任せる。
人が外の世界を見て、その過程(ご沙汰)に善悪の判断(ジャッジ)しなければ、その願望の全てが満たされ、達成されてしまう。
何から何まで、そっくりなんですよね。
そして、昨日のエントリーに「思い出す」ことについて書かせていただいたのですが、少し物騒な表現だとは思うのですが「楽園追放」の「追放」という言葉には、「全てが満たされて、達成される場所に、私達はいたんだ」という、過去の遠い記憶を呼び起こしてくれるんですよね。
皆さんは、潜在意識、阿頼耶識を活用されて、恋愛、復縁、結婚、そして全ての願望を達成される過程の中で、どうしても外の世界で起こったことに対して、「ダメだ!」「こうじゃない!」と、善悪の判断を下されることはありませんか?
恐らくですが、多くの方から「あるある」とご同意をいただけるかなと拝察しております。m(_ _)m
でも、この善悪の判断を下すのも、人として生きていれば、悲しいと涙をながす日もあるし、嬉しいと踊りたくなる日もあるんですよね。
喜怒哀楽は、人の心に備わった大切な感情なので、仕方ないことだと思うんです。
「好きな人との現実的な関係を見て、知って、不安になった…」
「願いが叶わないこの世界!神仏もへったくれもない!」
このように判断されることがあるのも、当然なんですよね。。(・∀・;)
でも、このように判断されるからこそ、「どうやったら、神様(潜在意識、阿頼耶識)に判断を委ねることが出来るんだろう?」と、願望達成の一歩を踏み出す疑問を持てるのも、また事実なんですよね。
疑問があるから答えに到達できる!
そして、潜在意識、阿頼耶識を活用して願望達成も出来る!
なので、善悪の判断をジャッジをしたからと、心配されなくて大丈夫なんですよ。(・∀・)
今までがどうであれ、恋愛、復縁、結婚、そして全ての願いは、ちゃんと(強制的に)叶えられるんです!
では、どうすれば良いのかと申しますと、願望や大切な人に関することだけは、神仏(潜在意識、阿頼耶識)を通す(ワンクッション置く)と、全てが順風満帆に動き出すんです!
この世界の全ての出来事に、神仏を通して判断を委ねると、慣れないことなので疲れそうですよね。(・∀・;)
そこで、恋愛、復縁などの願望や、就活や健康の願いも、問題と直面して「相手と一対一」で考え込むのではなく、間に神仏を仲裁者や、皆さんの相談役として入ってもらうんです。(・∀・)
例えば、皆さんの大切な人が他の異性とデートするという話を見聞きされたとします。
心中穏やかではないし、何とかしたいけど打つ手がない状態になりますよね。
ただただ無力感だけに包まれてしまいます。。(・∀・;)
そこで、力強く「よし!任せとけ!」と皆さんに協力を申し出られる、神様(潜在意識、阿頼耶識)を通して、その問題を見てみると、「私(僕)の代わりに神様が現地で、皆さんの願望達成と不安解消のために、最善に取り計らってくれるから大丈夫なんだ!」と安心感が湧いてくるんです。
神仏を間に挟んで世界を見るだけで、アクシデントに対する私たちに心境は、全く変わるんですよね!
そして、当然のこととして、全て皆さんの最善に繋がるように事態は動いていきます。
他力(神仏のご沙汰)には、人が自力でどう立ち向かっても、どうにも出来ません。
なので、皆さんを悲しませるような出来事も、神仏を通して世界を見るだけで、皆さんに何も出来なくなってしまうんです。(・∀・)
なので、恋愛、復縁、結婚の願いをお持ちの方々で、常に大切な人の一挙一動に悩まれているのであれば、その一挙一動の全てに、神仏(潜在意識、阿頼耶識)を挟んで、「最善に取り計らってもらえている」と思われるだけで、不安や悩みの数ほど、「安心感」が芽生えてきますよ!
心を疲れさせてしまう、願望達成の過程に関する「善悪の判断」も神様に任せておけば、この世界の全て、別の宇宙の全てが、皆さんの願望達成の協力者になってくれるんですよね。
そして何より、「疲れない」ことが、潜在意識、阿頼耶識活用に関して、大きな力を与えてくれると拝察する次第です。
大切な願いだからこそ、善悪の判断を下しちゃうし、皆さん疲れちゃいますもんね。(・∀・;)
というわけで、恋愛、復縁、結婚、そして全ての願望に関することは、神仏(潜在意識、阿頼耶識)を通して、ご覧になられてみてくださいね!(・∀・)
視界の向こうに、今がどうであれ「願いは強制的に叶えられる!」という世界が広がっていますよ。(・∀・)
本日の、潜在意識、阿頼耶識活用法の「まとめ」です。
・アダムとイヴは、善悪の知識の木の実を盗んだから楽園を去ったのではなく、目を開いて(心の外の世界の景色を見て)善悪の判断を下したしまっがたゆえに、楽園を去ることになりました。
・目を開いて外の世界に善悪の判断を下すことは、潜在意識、阿頼耶識を活用する上でも、現実(願いが叶わない、今ここの世界)に一喜一憂する原因になるので、達成されたイメージに集中したいですよね。
・「楽園を追放された(去った)」ということは、かつて皆さんは、全ての願いが叶えられた世界に住んでいたということになります。
なので、「思い出す(イメージする)」ことで、全ての願いが叶う楽園(潜在意識、阿頼耶識)に、皆さんの心を戻すことが出来ます。
・楽園であるエデンの園は、仏教の唯識で説かれる、阿頼耶識(潜在意識)のことです。
皆さんが願望達成や幸せを受け取られるために、「帰られる場所」なんですよ。
安心感を感じるのは、かつて居た楽園(エデンの園)に心を戻されることで、皆さんの帰巣本能が満たされるからなんです。
・恋愛、復縁、結婚、そして全ての願望に関する不安や悩みは、「皆さんの全ての悩みを解決する」と申し出られている、神様(潜在意識、阿頼耶識)の慈愛の意思により全て解決され、そして願望も達成されます。
・どうにもならない悩みや不安は、神様(潜在意識、阿頼耶識)を通して見ることで、安心感に変わります。
「心の貧しい人々(善悪の判断をして悩む人々)は幸いである。天の国はその人たちのものである」(マタイによる福音書 第5章3節)
マタイによるこの一節は、目を開かずに、神を通して世界を見れば、悩みの数だけ救われて、願望が達成されるという意味です。
・皆さんと大好きで大切な人の結婚式はエデンの園で開かれる!
今回の内容と関連するエントリーです。


今月は20更新という目標に向けて手応えを感じております!
というわけで、また近日中に!(・∀・)ノ