今日も、潜在意識、阿頼耶識で、恋愛、復縁、結婚などの願望を叶えましょう!
良い人のマスクを取って、潜在意識、阿頼耶識に本音を伝える
物分りが良い人の仮面を取って、本当に好きなら、遠慮せずに、潜在意識、阿頼耶識で叶えましょう!
本日は、「好き避け」について、皆さんと一緒に考えていけたら幸いです。
恋愛系の願望に限らず、知らず知らずのうちに「好き避け」しちゃうことってありますよね。
そんな悩みや疑問を、早速解消してまいりましょう!
さて皆さん、このような経験はありませんか?
知人や近所の人、見ず知らずの誰かが建てた豪邸や所有される、高級車などが視界に入ると
「私には縁がないから、あんなの欲しくない!」と、ついつい厳しい口調になってしまったなんてこと。。(・∀・;)
復縁などの恋愛系の願望でも、「あの人は振り向いてくれないから、好意を持っても仕方ない、伝えるのも気が引けてしまう」
どのような願望でも、本音では欲しいのに、ついつい「手に入らないなら見たくない」という心境になってしまうことってあるんですよね。
しかし、本当に不思議なもので、欲しくて仕方がない対象を見て「欲しくない」と、我に返るまでの一瞬の時間は、純粋な心で「いいな」「私も」なんて意識せずに思えている自分がいるんですよんね。
物質や収入的な願望ですと、「分不相応なものを欲しがらない」という暗黙のルールや、世間的な対面などが気になって、「欲しくない振り」をしてしまいますし
恋愛系の願望でも、自分から好意を伝えるより、相手から好かれることを皆さん望まれることが多かったり、やはり世間の視線もありますので、どうしても「好き避け」しちゃうんですよね。(・∀・;)
良くも悪くも「大人になったんだな」と思える瞬間でもありますよね。
しかし、上で書かせていただいた「欲しくない」と我に返るまでの一瞬は、何の意識も考えもなく、無意識的に「欲しい」と思えていることが、潜在意識、阿頼耶識を活用して願望達成することでは、とても大切なんです。
「ほ、欲しくないもん!」とか「好きじゃないし」と、我に戻る前の一瞬の時間に感じたことこそ、世間のルールから離れられている時間であって、そこで感じ取れる気持ちこそ、私達の本心からの願いなんですよね。
まだ社会の暗黙のルールとか、世間の視線を気にしなかった子供の頃って、欲しいものは素直に「欲しい」と言えて、どうしても欲しい場合ですと、お店から家に帰っても、延々と「お母さん買ってよ!」と繰り返して、何故か手に入ってしまうことも多かったことを、自分も思い出すことがあります。
まさに、あの時のような純粋な心で「欲しい」と思えるのが、豪邸や好きな人を見かけて、我に返るまでの一瞬に詰め込まれているんだなと考えております。(・∀・)
さて、どうしても大人になると、言いたくても、欲しいものを「欲しい」とは言えないことの方が多いですよね。
会社や学校に行って、上司や先輩すら手が出せないようなものを、素直に「欲しい」と言えば、風当たりが強くなることもあります。
ですので、周囲に遠慮して「無関心」でいることは、処世術としては正しいのですが、それを自分自身に本音として言い聞かせてしまうと、潜在意識、阿頼耶識の活用法的には、「じゃあ、その思いを叶えるよ」となってしまうので。。(・∀・;)
それに、願望のことを周りに大っぴらに話すのは、大切な宝箱の場所を回りに明かすようなもので、潜在意識、阿頼耶識で願望を達成する視点から見れば、あまり勧められない言動でもあるんですよね。
もし底意地が悪い人に、願望のことを教えてしまえば、良くて邪魔されるか、悪くて横取りされてしまいますもんね。
それでも願望は叶うのですが、「潜在意識、阿頼耶識

を活用すれば願望が叶うからと言って、余計な問題を増やすことは、解毒剤があるから毒を飲むようなものです」という親鸞上人のお言葉の通り、神仏や、
潜在意識、阿頼耶識
の視点で見ても、やはり褒められることでは無いのかもしれません。
子供の頃のように「欲しい」と言えばいい、しかし「言ってはならない」
矛盾するような世界ばかりが広がって、なかなか難しい問題ですよね。。(・∀・;)
これが、恋愛系の願望となりますと、好きと嫌いを同時に持つ宿命を背負わされた、二律背反の迷路に迷い込んだ気分になります。
実は、そんなに難しい問題ではなくて、「言う相手を選べばいい」んですよね。
特に、恋愛、復縁、結婚などの願望をお持ちの皆さんですと、大切な彼(彼女)を好きだという気持ちより先に、「嫌われていたらどうしよう」とか「望まない結論と現実を叩きつけられたら、もう生きる希望すら無くなる」という、良くも悪くも我が身の安全を第一に考えて、「好き」という気持ちが、どこかに置き去りにされてしまうことも多いんですよね。
そしてですが、好意を素直に伝えられないことや、退きでいることから引いた立場で見ることが「いい女」であったり「カッコイイ男」の条件だと思いこんでしまい、好きな人はもちろん、潜在意識、阿頼耶識に向けても「引いた自分」でいることを望んでいるかのように、振る舞い、そしてイメージを手渡してしまうことすらあります。
いやいや、潜在意識、阿頼耶識に向けてまで、そんなに「良い人」である必要はないし、傷つかない予防線も貼らなくていいし、何よりも「物分りの良い人」になる必要なんて、これっぽっちも無いんですよね。
というわけで、は、後編に続きます。