寂しさ、不安、受け入れたくない寂しさ、そういった気持を持つ人のための、潜在意識、阿頼耶識と願望の達成なんですよ。
本日は、仏教のエントリーとなります。(・∀・)
皆様と、恋愛、復縁、結婚などの願いの関係を、仏様(潜在意識、阿頼耶識)はどう見ていらっしゃるのでしょうか?
「不安を感じて、迷ったらダメなの?」
「執着を感じたらダメなの?」
「潜在意識、阿頼耶識を信じないとかなわないの?」
「悩んだら幸せになれないの?」
「こんな別れは受け入れたくないよ…」
願いは叶うと分かっていて、潜在意識、阿頼耶識を活用して、願望を達成しようとしても、本当に活用できるのか不安が湧くことは多いですよね。
そんな、皆さんのお考えを、本日は浄土真宗の宗祖であられる、親鸞上人のお言葉を味わいながら、潜在意識、阿頼耶識についての、悩みを解消していければと考えております。
仏教の話となると、どうしても「難しい」というイメージがありますが、簡単に分かりやすく書いていきますので、本日も何卒よろしくお願いします!
潜在意識、阿頼耶識を活用される人には、全く違うタイプの方がいらっしゃると拝察しております。
いわゆる、「達人」とか「凄い人」と言われる、自分で何とか出来て、やはり「自分で何とかするのが、潜在意識、阿頼耶識の活用法で、全ては自己責任」という道を歩まれる方々。
こういった道にある方々を、仏教では「善人」といいます。
道徳的な善悪ではなく、自分の意思と判断で、願望達成についても何とか出来てしまうので「善人」と言われるんです。
現代のニュアンスで言えば、「器用な人」という意味合いに近いかと考えています。
そして、潜在意識、阿頼耶識を活用される方々は、「自分では何も出来ない」と迷われる人の方が、圧倒的に多数派だと考えております。
どれだけ、潜在意識、阿頼耶識
の活用法を聞いても、学んでも、「デモデモダッテ」と迷われる人ですね。とにかく、
潜在意識、阿頼耶識
では煙たがれます。
頭では分かっていても、心では納得ができなかったり、そういう方々を取り巻く現状や、過去の経験が、「よし、潜在意識、阿頼耶識の活用法は分かったから、あとは実践のみ」と、前に進ませてくれないんですよね。(・∀・;)
こういった方々のことを、仏教では「悪人」と言います。
もちろんですが、道徳的な「善悪」ではなく、どれだけ仏の道を知っても、救われる道に戻ることが出来ずに、迷い続ける人たちのことを「悪人」と言います。
仏教で言う、「悪人」を現代のニュアンスで言えば、不器用な人という意味に近いかと考えております。
こういった方々のことを、悪人という表現以外では「凡夫(ぼんふ)」と表現することもあります。
悪人の「悪」は、そのまま「エゴ」とか「煩悩」「迷い」「不安」に置き換えていただけると、分かりやすいかもしれません。
現代の潜在意識、阿頼耶識論でしたり、スピリチュアルな世界では、一般的には、不安や悩みばかりの人(仏教的な意味で言う「悪人」)のままでは、何も達成できないし、救われることもなければ、幸せになることも出来ないとされているんですよね。(・∀・;)
そういった迷いが多い人には、「どうせ幸せになれないのだから、私は命を断つ」と言われる方もいらっしゃいます。
自分も何度か、そういった衝動を持たれる方とのご縁をいただいたことがあるのですが、どれだけ辛い経験をされてきたのだろうと、話を聞いていて悲しくもなり、寂しくなります。
当然ですが、潜在意識、阿頼耶識の世界でしたり、スピリチュアルな先生からも、彼ら、彼女らは煙たがられることが多いんですよね。(・∀・;)
でも、本当に「達人」や「凄い人」とは、対局の立ち位置にいる、そういった方々は、潜在意識、阿頼耶識を活用することでも出来なければ、幸せにになることも出来ないのでしょうか?
実は、鎌倉時代にその答えは出ていて、親鸞上人は、こう説かれました。
「善人でされ往生できるのだから、悪人が往生できるのは、なおさらのことです」
(親鸞上人の肉声が残されている『歎異抄』より)
「往生」は現代のニュアンスでは、絶命するという意味で使われることが多いのですが、そうではないんですよ。(・∀・)
往生は「極楽往生」という意味で、極楽に往して(行って)、生(生きる)という意味で、全ての願いが叶い、満たされた世界である、極楽に行って生きるということなんです。(・∀・)
器用に生きている「達人」や「凄い人」が、往生できるのであれば、この現世で、失恋したり、片思いに身を焦がしたり、お金のことで悩んだりして、潜在意識、阿頼耶識を活用しながらも、「上手く行かない」「救われるはずがない」「願望達成や、幸せなんて来るはずがない」と、溺れて悩まれている人こそ、「願望達成や、幸せ」に導かれると、親鸞上人は説かれているんです。(・∀・)
「どうして?」
このような疑問が湧いてきますよね。
いつも書かせていただいているのですが、潜在意識、阿頼耶識の、阿頼耶識は、阿弥陀如来様とイコールだとされています。
阿弥陀如来様は、皆さんのもう一人の親であって、真の親だとされています。
その親が、我が子が、苦しんで悩んで、ひょっとしたら「もう命を絶とう…」と泣いているのを見れば、「その子こそを真っ先に救う!」と、真っ先に飛んで来られるんですよね。(・∀・)
なので、潜在意識、阿頼耶識の法則や縁起は、自分で何とかできる器用な人のものではなく、今ここで悩まれ、不安に苛まれ、「もう無理」と涙を流される皆さんの為にあるんです。
「私はエゴ(煩悩)が強いから」とか「不安や悩みばかりで、デモデモダッテと否定してばかりだし」と、迷ってばかりの人の為にこそ、願望が達成された世界は準備されているんです。
大切な人との距離が遠すぎたり、連絡も取れず、会うことすら出来ず、誤解されて嫌われてばかりで、潜在意識、阿頼耶識すら、「私を嫌ってる」と悲しくなられている方も多いんですよね。
でも、大丈夫です!
そういった、迷ってばかりの人、仏教で言う悪人(不器用な人)や、凡夫(煩悩=エゴが強い人)にこそ、阿弥陀如来様の、もう一つの姿である、潜在意識、阿頼耶識は「救いたい!願いを叶えてあげたい!」と、いつも寄り添って包み込んでくださっているので、その存在を感じてみてくださいね!(・∀・)
「潜在意識、阿頼耶識は見えないけど、私を助けたくて、いつも寄り添ってくれていたんだ」と気付けると、それだけで心が楽になって、願望達成に向けても最善の過程を進めるようになりますよ!(・∀・)
いつもの「瞑想」や、「書く方法」での達成感や安心感も、ぐんと上がるので、徐々にで大丈夫です!少しずつ慣れてみてくださいね。
潜在意識、阿頼耶識の活用や、願望達成に「遅すぎる」ことはないので、ただただ「親心に浸られて、包まれて、守られて、阿弥陀如来様から、ただただ一方的に愛されていただけましたら幸いです。
自分は潜在意識、阿頼耶識の達人と言われることがありますが、達人ではありません。
そういった道は聖道門と言われる「自力」の道なので、自分が最も避けたい世界だと考えているからです。(・∀・;)
目覚め!凡夫の中の凡夫!今日も明日も低みの見物!が、人生のポリシーです!
本日の、潜在意識、阿頼耶識活用法の「まとめ」です。
・恋愛、復縁、結婚の願いを叶えたくても、お相手の態度次第では、今日の確信と自信が、不安と悩みに変わることって多々ありますよね。
それは人間として普通のことで、自力ではなかなか解決できません。
なので、潜在意識、阿頼耶識を活用される、不安と悩みばかりが多い方々こそ救われて、願望も達成が出来るんです!
そもそも悩まなければ、絶対幸福を与え続けてくれる、潜在意識、阿頼耶識なんて、活用しませんもんね。
・悩みや不安が、潜在意識、阿頼耶識を活用する入り口なので、やはり、悩んだり、不安ばかりで「救われない」とネガティブな人とこそ、「迷える我が子を必ず救う」と誓願された仏様との、仏縁があるということなんです。
・仏縁は親子や肉親との縁よりも強いものです。その仏縁を通して、恋愛、復縁、結婚などの願いを成就したいと切望される方々と、大好きで大切な「あの人」とのご縁が切れることはありえません。
皆さんは仏縁を通して、大切な「あの人」との関係が成就した世界を、潜在意識、阿頼耶識に受け渡されているので、願望達成を向かえられて結ばれることが大前提にあります。
なので、安心されてくださいね。
・恋愛、復縁、結婚の願いを考えて、不安、悩みばかりが増して、「命を絶とう」という思いが湧いてくることもあるかと拝察します。
現状が問題だらけで、お相手から嫌われたり避けられていると、悲しくて、これから先が見えなくなりますよね。
でも、そんな皆さんにこそ、潜在意識、阿頼耶識の化身である、阿弥陀如来様は真っ先に寄り添われているので、その存在だけを感じて、抱きしめられてくださいね。
きっと、「救いの温かさ」を感じていただけると確信しております。
ここから私事です。
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それではまた近日中に!(・∀・)ノ
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